12月31日

今日は朝日地区の方達が住んでいる元中子施設で、住民の方と中越元気村のスタッフで餅つき大会をしました。
「毎年やってたけど、仮設の暮らしでは無理」と今年の餅つきはあきらめようとしていたところ、中越元気村さんのボランティア・スタッフが「やりましょう!!」と言って米やあん、きな粉等の食材・杵うすを用意した。
毎年やっているお父さんお母さんの手つきは本当にプロやった!
「無理とあきらめてた。だからうれしい。」って笑顔でつきたてのお餅を食べていた皆さん。
たくさんの住民の方も手に鍋を片手につきたてのお餅をもらいに来た。
しぶきは、今日本格的な「生の餅つき」初めて見ました。
ここ新潟で、被災者さんに、教わる事は、めっちゃ多いと感じます。

お母さん達。サスガの手さばきでした。

小千谷市 元中子の仮設住宅です。

つきたてのお餅をおいしくいただいた後、坂上のおじちゃん・おばちゃんが「お茶、飲んでかない?」と誘って下さり、気持ちがとてもうれしいので、ありがたく、仮設住宅のおうちにおじゃました。
この坂上さんとは、私が2週前に中越元気村さんで一緒に動かせてもらっていた時に、初めてお逢いした。
「被災した家の瓦割り」というボランティアを元気村さんに依頼され、私は手を挙げ、2日間働いた。
今回2週間ぶりの再会で、おばちゃんは「いつまた東京から来たの?」と喜んでくださり、「いろんな作業をボランティアの方に頼んだけど、瓦割りが一番大変な仕事だったと思うわ。ありがとうね。」としみじみと言って下さる。
あー、これやなぁ・・・って思う。
ボランティアを一度やってしまうが最後、みんながどんどんハマッていく理由。
こうやって感謝され、<あー、自分でも人の役に立てたんや!ほんま来て良かったなぁ>と感じる。
そう、ボランティアって、お互いが元気になる、いい「出逢い」の事!!^−^
今回、おばちゃんが、いっぱい自分達の事を話してくれたのも、本当にうれしかった。
「私達、本当に広い家に住んでいたでしょ。こんな事になるとは夢にも思わなかったわ。ねえ?お父さん?」とお二人、2kの仮設を見廻している。
「でもね、実際に地震が起こった時、あまりのひどい揺れに、あー私達ここで死ぬんだって本当に思ったのよ。
で、何とか外に出れた時も、道路の端は歩けない。なだれが落ちてくるから。
道路の真ん中を這って、移動したの・・・」
「畑で大根が、縦に埋まったままの形で、一斉にジャンプして出てきた」という話は、どんなにすごい揺れだったかを、分かり易く語りかけてくる。
更におばちゃんは続ける。
「でもね、私達は良かった。40日の避難所生活も、周囲はみんな子供の時から知っている、村の人達ばかりだった。そうやって24時間お互いが見える場所での暮らしで、プライベートがなくて大変だったけどそのぶん、見知ってた人の、本当の、その人の姿が見えてきたりして、理解が深まったし、みんなで助け合っていこうって、団結した。」
柔らかな笑顔で、更に更におばちゃんは話し続ける。
「で、この仮設住宅も、周りは、そのまま同じ村の人達が暮らしていて、本当に心強いの。神戸の震災の仮設住宅は、周りに知らない人達が配置された事で、世間になじめず、老人が孤独死したニュースっていっぱいあったじゃない?
今回は誰かがきちんと村の住民を調べて、配置してくれてるのよね。
ああ、ありがたいなあって思って。」
感謝を口にしてはるおばちゃんの顔は、輝いてる。
「ボランティアもそうよー。全国からたくさん助けに来てくれて家に帰ってから、みんな手紙やらみかんやらまで送ってくれて・・・
最初の頃は、ボランティアに対しても、「あぁ、うるさいな・・」としか思えなかった時もあったの。
でも、徐々にみんなを見てるとね、「あぁ、がんばんばきゃいけないのかなぁって
思ったのよ。」
おばちゃん、おじちゃん、私は、こたつを囲んで、静かに笑い合った。
心がじーんと喜んでいて、それ以上は何も話す事もなく、ただただ笑っていた。
年末の、神様からいただいた、素敵なティータイム。
今、元気村の窓からは真っ白な雪が静かに降っていて、仲間達は今、夕げの準備や大そうじをしながら、今日の夜決行の「除夜の鐘 大作戦」をワクワクしながら決行を待ちだ。
今の新潟は、正直、余震もまだあり、今後の安全は、いまだ誰も保障できない。
ただ、中越元気村さんは、「自分の意志で、自分の責任で全て決めて動く」心やさしき有志を、
いつも無条件に受け入れている。
そして、どんな被災者さんも、無条件に関わっていきたい、と超友好ムード満載だ。
★中越元気村 http://www.gassan.jp/genkimura/ ★
(常時、ボランティアを募集しています)^−^
12月31日

12月31日、ここ中越元気村では、「今年は初詣どころではない」
被災者さんの現状を思い、なんと!手作りの除夜の鐘を、
ドラム缶や丸太を再利用して作ってしまった!
吹雪の中、最後の仕上げにかかる面々。

12月31日 PM 11:00
中越元気村の代表が祝詞を読みあげる。
「新潟の更なる復興と、震災で亡くなられた方への
哀悼の思いを心より祈ります・・・」皆で目を閉じ、合唱した・・・ |
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