アジアで2番目に貧しい国と言われるカンボジア。
治安も決して良くはない。かつてはフーナン王国、チェンラ王国として繁栄し、15世紀にはアンコール王朝の繁栄を極め大帝国を築き上げた。 しかしその後、ベトナムとタイ(シャム)から挟撃されるなどして、半ばフランスや両国の従属国となっていた。
その後、シアヌーク国王を中心とした独立運動により、1953年「カンボジア王国」として完全独立し平和と発展の時代が続いた。 しかし1970年ベトナムとアメリカの影響を受け、クーデターが発生、ロン・ノル政権が発足。
シアヌーク殿下は北京に一時亡命したが悪名高いポル・ポトらと共闘し政権奪回を図り1975年に再び全土を掌握した。 その後、次第にポル・ポト率いるクメールルージュが、勢力を伸ばし政権を掌握するようになる。
そこから歴史上まれに見る悲劇がはじまる。 都市住民の農村下放や、大量虐殺が行われ多くの教師や知識人や罪のない人が殺された。 その数は国民の3分の1にあたる300万人にもおよんだ。
その後も、ベトナム軍の進駐や内戦など、不幸な歴史を歩んだ。 そして、今もなお多くの人が貧困や大量に埋められた地雷の被害に遭い苦しんでいる。
1993年に民主的に総選挙が行われ、シアヌーク殿下の息子ラナリットの率いるフンシンペックと親ベトナムの旧政権を主体としたカンボジア人民党の連日政権が誕生した。
2007年今なお、タイやベトナムとの国境近くには地雷が埋まったままであり、プノンペンの町にはストリートチルドレンと呼ばれる路上で生活する子供たちと物乞いの方々がたくさんいる。 |