第一回アフガンレポート    大城 肇子

日程:2003年8月8日〜8月21日

メンバー:てんつくマン、高島ひろき(カメラマンのレオちゃん)、前田真吹(カメラマンのしぶきちゃん)、大城肇子(マル)

私は2003年3月頃にレインボーマフラーをアフガニスタンのこどもたちに届けるプロジェクトのことを知り、マフラーを編み始めました。
最初は"このマフラーたちがアフガニスタンのこどもたちに届けられるんだ〜"とワクワクしながら編んでいたのですが、いつの間にか"自分で届けたい"という思いに変わっていました。
そしてその思いが叶って、2003年8月8日、倉井さんから始まり、全国のたくさんの方まで広まって集まったレインボーマフラーとマフラーに込められたあたたかい思いをアフガニスタンのこどもたちに届けるため、私たちは成田からパキスタン経由でアフガニスタンに向かいました。

乗り継ぎの関係でパキスタンの首都イスラマバードに3日間滞在することになり、自然の中に人間が住ませてもらっている感じのその街で少しのんびりしながら、アフガニスタンに向けて心の準備をさせていただきました。

8月11日、いよいよ目的地アフガニスタンの首都カブールへ。。。。
飛行時間45分間は本当にドキドキしました。
パキスタンを離れるにつれて空から見える景色は乾いた大地だけ、そしてカブール空港に着くと壊れた戦闘機がいくつもそのまま放置されていて、"戦争"というものが本当に存在したということを感じざるを得ない状況でした。

言葉を失ってしまいました。

カブール空港には銃を持った兵士がたくさんいて、その兵士たちが入国審査を担当していましたのでドキドキしましたが、心配していたマフラーの税関もスムーズに通関でき、今回持って行けた300本のマフラーとともにアフガニスタンに入国することができました。
そして、地球村の小川さんと植木さん、そして私たちのコーディネータのマリックが迎えにきてくれて、早速マフラーを配る難民キャンプテント村に連れていってもらいました。

どこにどのようにしてマフラーを配るのか、何も決めないでアフガニスタンに向かった私たちでしただ、小川さんや植木さんのおかげですべてが用意されていました。
一人ではないということを再確認できましたし、たくさんの方のサポートをいただいたことに心から感謝しています。

難民キャンプに着いてこどもたちと出会った瞬間、一瞬にして癒され、心が喜びでいっぱいになりました。
こどもたちだけではなく、そのテント村の長老をはじめ大人たちもみんな歓迎してくれて、自分たちも苦しいのに、自分たちも飲みたいのに、彼らの最高のおもてなしのコカコーラをついでくれるという、その優しさにふれて胸がいっぱいになりました。

今までアフガンで活動してこられた日本人が築いた信頼関係があるからこそ、私たちは優しく迎えてもらえたのだと感じましたし、自分たちも次に繋ぐ大きな役割があることを実感しました。
8月12日、午前中は地球村が支援している地雷除去現場の見学をさせてもらいました。そこで働いている人たちは地雷を一つ一つ、命をかけて取り除いています。
そして、午後からマフラーを配るためテント村に行きました。
事前に集合場所と時間を連絡していましたので、たくさんの人が集まっていました。
そこで、まずは繋がったマフラーを広場に円を描くようにならべて、こどもたちも同じように並んでもらって、繋がったマフラーを持ち上げてみんなで虹をつくる予定でしたが、並んでいる途中で一人のこどもがマフラーのリボンをほどき、そこからマフラーの奪い合いが始まり混乱が起きてしまって収拾がつかなくなりました。
私たちは残った約130本のマフラーを持ってその場を去ることになってしまいました。
警察からも2度とあのテント村に近づかないように警告されてやるせない気持ちでした。
その後、話を聞くとあのテント村には支援物資を渡す時のシステムができてないため、他の団体も支援できてないということを知りました。

あのテント村に暮らしている難民の方たちの状況をちゃんと把握しないで、また私たちがマフラーを届けに行った思いもちゃんと伝えていないまま、マフラーを配ろうとしたために混乱を招いてしまったことを反省しました。
そして、テント村に住んでいる231家族にマフラーを届けられるように、なんとか私たちの思いを伝えて、混乱の中奪われたマフラーを返してもらうことを決めました。

まずは私たちのコーディネータのマリックに、マフラーが広まった経緯やマフラーに込められた思い、あきらめたくないという私たちの思いを伝えたところ、もう一度テント村に行って思いを伝えられるように協力してくれると言ってくれました。
しかし、マリックをはじめUNHCRの方やまわりの方たちの意見は"難民の方が一度もらったものを返すのは、難しい"ということでした。
でも、せめて思いだけでも伝えたいというのが私たち全員の気持ちでした。

8月13日〜14日はカブール郊外にある難民受け入れキャンプ、UNESCOの学校やUNHCRへ行きました。
そして8月15日、マフラーの意味やマフラーに込められている日本のたくさんの方の思い、そして全部の家族にマフラーを届けられるようにマフラーを持っている人に一度返してほしいということを伝えるため、再びテント村に行きました。
映画でも見られますが、いろんなやり取りがあって、てんつくマンがこどもたちに思いを伝えて、38人のこどもたちが素敵な笑顔でマフラーを返してくれました。
ほんとうに嬉しかったです。
やっぱりあきらめなくてよかった、思いは必ず伝わること、信じるということをまたまたみせられました。
その場にいて感じたのが、"伝える"ということが実はとてもシンプルなことだということでした。
純粋な思いをただただ純粋なまま伝える、そしてあとは相手の自由にまかせて受け入れること。
どんな状況であれ、すべてはうまくいっていることを信じれば、そこには大きな気づきがあるということを学びました。

マフラーについては、戻ってきたマフラーをあわせても全部の家族にいきわたらないので、 その夜は、長いマフラーを二本にして230本に増やす作業をしました。
たいへんな作業でしたが、その日の出来事やあの天使ちゃんたちのことを思ったら嬉しくて仕方ありませんでした。

8月16日、マフラーをテント村全家族に渡すためため、再び混乱のあった広場にいき、マフラーを配りました。
そのとき、地球村のみなさんはビタミン等を一緒に配りました。
ほんとうに嬉しかったです。
8月17日、マフラーを返してくれたこどもたちにノートを色鉛筆のプレゼントを持って行って、テント村のみなさんとお別れをしてきました。
こどもたちはほんとうにいつもいつも天使の笑顔で迎えてくれました。大人たちも同じです。
帰り際に何人かの天使ちゃんたちがハグをしてくれて、あのぬくもりは今もちゃんと残っています。

8月18日、アフガニスタンからパキスタンへ移動。
乗り継ぎの関係でイスラマバードに3日間滞在。
8月19日、パキスタンにあるアフガニスタン難民キャンプに行きました。

8月21日、パキスタン経由で成田着。
成田空港で4人でさぬきうどんを食べて、幸せを感じました。 私は、アフガニスタンに行って、"嬉しい"という気持ちがあふれてきて、すべてに感謝する気持ちでいっぱいになりました。
そして、一人では生きていないということ、たくさんの方、ものに支えられていることや、すべては繋がっていること、だからこそ、離れていてもできることはたくさんあることに気づきました。
そして、アフガニスタンに大切で大好きな友達がたくさんできました。これからも、自分のできることはこころを込めてやっていきたいと思います。

私にとっては、アフガニスタンは一歩前進するための大きなキッカケでしたが、キッカケはどんなときでも、どこにいても、いつもすぐそこにあると思います。
それに気づいた時は少しの勇気を持って挑戦してみると、大きな喜びと出会えるような気がします。

このプロジェクトに参加できたこと、たくさんの方の応援とサポートをいただいたことにに心から感謝しています。
ありがとうございました。