アフガン報告書
〜TVの中、新聞の中の世界 アフガニスタンへの旅〜


僕がアフガニスタンに行ってから、もうすぐ5ヶ月になろうとしています。
長い人生の中のたった1週間の旅でしたが、あの旅は、僕の人生をまさに一変させたと思っています。
何かに導かれるようにアフガン行きを決めたのですが、もしあの時アフガンに行ってなかったら、という事を想像すると、今の状況、今の自分とはかなり違っているだろうと思うのです。
なぜそう思うかを書き記していきたいと思います。

今振り返ってみると、アフガンへの旅は僕にとって、TVの中、新聞の中の世界への旅でした。
どういう事かというと、例えばアフガンやイラク、パレスチナといった国々は、僕にとって別世界、別次元の世界でした。
ニュースや新聞でテロの事や、空爆のなどの事を見ても、ある意味夢を見ているようなものでした。
これっぽっちも実感がなかったのです。
いざアフガンに着いたときのことを思い出しても、そんなに衝撃を受けたという印象はありませんでした。
空港の近くに落ちていた、おそらく戦闘機の残骸や、街中の生々しい銃撃戦の傷跡を見ても正直ピンとこなかった。
平和ボケというやつですね。
僕の想像力の乏しさのせいとも言えますが、時代と生まれ育った環境を考えれば仕方ないとも思ってしまいます。

第一印象はそんな感じでしたが、それから約1週間、僕はこれでもかというぐらい目を見開いて、全身で、全心でTVの中、新聞の中だった国を体感しました。
毎日、毎時間、毎秒、色んな事を感じました。
アフガニスタンへ行って一番感じた事、それは「生きる」とか「生きている」というリアルさでした。
病気や地雷で足を失った人達が黙々とリハビリを続ける姿、テント村で土や埃まみれになって生活している人達の姿、現地で医療支援をする日本人ドクターの姿。
とにかく目に映るもの、心が感じるものが今までにはありえないほどにリアルでした。
日本でもアフガンでも、そこに人間が生きているっていう事実は、全く変わりないのに、あんなにも僕が「生きる」というリアルさを感じられたのはなぜでしょう?
僕が思うに'死'がより身近な暮らしだから、'生'というものが逆にくっきりと浮かび上がってくるのだと思います。
一体、日本とアフガニスタン、どっちが幸せでどっちが不幸なのでしょうか?
それは比べられるものではないのかもしれません。
お金がなく、水がなく、食べるものがなく、今を必死に生きるアフガンの人々。
お金も水も食べるものもあるけど、生きているという実感のない日本人。
もちろんそんな簡単に一くくりには言えないのですが、大きく首をかしげたくなる世の中です。
そんな事を考えられるようになったのも、やっぱりアフガニスタンへ行ったからです。
アフガンから日本に帰ったとき、日本もそれまで住んでいた日本とは別世界になっていました。
それは日本が変わったのではなく、紛れもなく僕自身が変わったのです。

TVの中、新聞の中の世界だったアフガニスタンへの旅。
つまり別世界、別次元への旅で、僕は自分が一番探し求めていたものを見つけたような気がしています。
「生きる」という実感から湧いてくるエネルギー。
そのエネルギーが、日本でかけがえのない出逢いをたくさん与えてくれました。そして出逢いは新しいエネルギーと、新しい出逢いを与え続けてくれるのです。
この場を借りて、改めてアフガニスタンに感謝の気持ちを表現したいと思います。
ありがとう!!アフガニスタン。
TVの中、新聞の中の世界だったアフガニスタンが、今では僕の心の故郷の一つです。
最後になりましたが、僕をアフガニスタンへ行かせてくれた全ての人達に感謝します。本当にありがとうございました。

2004.2.19 清田 ヘッポコ学。